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中国の技をいち早く持ち込んだクラブ 世代交代し新時代へ挑む

越谷市 大塚クラブ(大塚卓球道場)

1980年代は日本卓球の低迷期だった。「日本の卓球をなんとかしたい。そのためには子どもたちの育成が大事」と、卓球愛好家の大塚正美さん(74)が81年に地元越谷市で大塚クラブを設立。現在、明治大から実業団でプレーした長男の昭彦さん(46)が代表を務め、生徒の小中学生20人と大人20人が汗を流す。
スタートした年、卓球用品メーカーVICTAS(元TSP)からの紹介で、卓球大国の中国から現役選手2人を専属コーチに招いた。当時の日本と中国のプレーには「ボールさばきで特徴的な違いがあった」(正美さん)とし、日本ではボールを引き付けて打つのが主流だった中、眼前でボールを打つ中国スタイルを売りにした。中国選手のコーチは当時の埼玉では珍しく、歓迎される一方で、プレースタイルを巡って批判もあり、「選手たちが離れていったこともあった」という。それでも中国ナショナルチームへの視察や研究を重ね、『大塚流』の卓球を磨いていった。93年には、後に日本のトップ選手となる坂巻美恵が全日本卓球選手権バンビの部(小学2年以下)
でクラブに初栄冠をもたらす。翌年から3連覇する福原愛が武者修行に訪れるなど、クラブは知名度を高めていった。
今年から代表を引き継いだ昭彦さんは言う。「ここ20年で日本の卓球は変わった。(自分のように)選手が指導者となり、地元で教える環境が日本全国でできた。この好循環の中、強い日本選手が出てきているのだと思う」。技術の進歩とともに指導方法は変わるが、伝えたい思いは設立当時のままだ。「忍耐力、礼節。あと、卓球を楽しむ気持ちを大切にする」(正美さん・昭彦さん)。

大会を心待ち

昭彦さんの長女・未来さん(14)=越谷富士中2年=は昨年、夏の県大会(総体)のシングルスで3年生たちを相手にベスト16の好成績をおさめた実力者。今夏は新型コロナの影響で大会がなかったが、開催が決まった11月の新人戦で再び県の上位を目指す。170cm以上の高身長から繰り出すドライブスマッシュが持ち味で、今はバックハンドの強化に取り組んでいる。「公式戦の緊張感はそこでしか得られないので、早く試合がしたいです」と意欲をのぞかせた。
小学6年の小林碧斗くん(12)は5年連続で全国大会に出場したクラブの注目株。今年は大会がないが、「来年の中学で全国大会に出場できるように、今は練習に打ち込みたい」と意気込んだ。2年連続で全国大会に出場した小学4年の永山紗妃さん(9)も頼もしい。「憧れは伊藤美誠選手。来年、全国大会でいい成績を残せるように、練習を頑張る」と笑顔で話した。

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